秋田県藤里町と「引きこもりゼロの町」について

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秋田県藤里町と「引きこもりゼロの町」について

秋田県藤里町とは?

秋田県藤里町は、青森県との県境に位置し、世界自然遺産「白神山地」のふもとに広がる町です。総面積は約282平方キロメートルで、その約90%が森林に覆われた自然豊かな地域です。2025年現在の人口は約2,500人と少なく、過疎化が進んでいますが、その分、静かで落ち着いた暮らしができる環境が整っています。

町の気候は日本海側気候で、冬には豪雪地帯となるため、積雪が多く、年間を通して冷涼な気候が特徴です。また、白神山地の清らかな水源を活かした農業や林業が盛んで、特産品としては山菜、きのこ、日本酒などがあります。


なぜ藤里町は「引きこもりが多い町」だったのか?

(1) 過疎化と高齢化の進行

藤里町では、人口減少と高齢化が同時に進行 しており、それが若者の社会参加や就労の機会を奪う要因となっていました。

若年層の流出と働き口の不足
藤里町は、かつて林業や農業が主要産業でしたが、機械化の進展や需要の変化により雇用の場が減少しました。
町には大企業や商業施設がほとんどなく、働き口が限られているため、多くの若者が高校や大学卒業後に町を離れる傾向 にありました。
若者が地元に戻るケースが少ないため、就職できない人や、地元に残ったものの適した仕事が見つからない人が増え、引きこもりになるリスクが高まっていました。

高齢化による地域活力の低下
町の高齢化率(65歳以上の割合)は50%以上に達しており(全国平均約30%)、若い世代が地域活動や仕事に参加する機会が限られている ことも問題となっていました。
高齢者主体の社会では、新しい働き方や柔軟な雇用形態が取り入れにくく、若者の活躍の場が乏しい という課題がありました。
高齢化に伴い、地域全体の経済活動や交流が縮小 し、人との関わりが希薄になることも、若者が引きこもりやすくなる一因となっていました。

(2) 地域社会の閉鎖性

藤里町は小規模な町であり、住民同士の関係が密接な「村社会」的な環境 です。このような地域特有の文化が、引きこもり問題を深刻化させる要因の一つでした。

「周囲の目を気にする文化」が強い
秋田県の中でも、特に藤里町のような小さな町では、住民同士が知り合いであることが多く、人間関係が密接であるがゆえに「他人の目」を気にする風潮 があります。
一度引きこもると、周囲に知られることを恐れ、家族も積極的に支援を求めにくい状況が生まれていました。
例えば、「◯◯さんの息子は最近見かけない」 というような噂がすぐに広まるため、本人だけでなく家族も「恥ずかしい」と感じてしまい、支援を求めることをためらうケースが多かったのです。

引きこもりが「個人の問題」として捉えられていた
引きこもりが社会全体の課題としてではなく、「本人や家庭の問題」 として認識されることが多かったため、行政や地域が積極的に支援する仕組みが整っていませんでした。
「社会に適応できないのは自己責任」と考えられる傾向があり、支援を求めること自体が難しい環境 だったのです。
閉鎖的な人間関係が社会復帰のハードルを上げる
町の人間関係が固定化されており、新しいコミュニティに入りにくいことが、引きこもり経験者にとって社会復帰の大きな障壁 となっていました。
例えば、「地元の企業で働くには地元の人脈が必要」 というような暗黙のルールが存在し、一度社会から離れた人が再び関わるのが難しくなっていました。

(3) 実態調査で浮かび上がった引きこもりの多さ

2010年に藤里町社会福祉協議会が実施した調査では、18歳~55歳の住民のうち113人が引きこもり状態 であることが判明しました。これは同世代人口の約10% に相当し、全国平均(約1.5%)を大幅に上回る数値でした。

なぜ藤里町で引きこもりが深刻化したのか?
「引きこもり=都市部の問題」という固定観念一般的に、引きこもりは「都市部の問題」と考えられがちですが、藤里町のような地方でも深刻な状況になっていました。
しかし、町の行政や住民の間では「田舎で引きこもりが問題になる」という意識が薄く、対策が遅れていたのです。
地域の産業構造が変化し、適応できない若者が増えた

以前は、林業や農業が地域経済を支えていましたが、時代の変化とともにそうした産業は縮小。
一方で、新しい雇用の場や産業が生まれることはなく、「昔の仕事には戻れないが、新しい仕事もない」 という状態が続いていました。
その結果、就職できずに自宅に閉じこもる若者が増加 しました。
家族だけで解決しようとする傾向が強かった

町の文化として「家の問題は家で解決する」という考え方が根強く、行政や支援機関に相談するよりも、家族内で問題を抱え込む傾向 がありました。
そのため、引きこもりの人が社会と接点を持つ機会が減り、孤立が深刻化していました。
調査結果を受けて町が動き出した
調査によって、藤里町が全国でも特に引きこもり率の高い地域であることが明らかになった ことで、行政が本格的に対応を開始しました。
その後、町は「引きこもりゼロ」の目標を掲げ、社会福祉協議会が中心となって支援策を立案し、「こみっと」「こみっとバンク」 などの仕組みを導入しました。
町ぐるみで支援する体制 が整ったことで、藤里町は「引きこもりゼロの町」として全国から注目されるようになったのです。


「引きこもりゼロ」への取り組み

(1) 引きこもり支援拠点「こみっと」の設立

町は、社会復帰のステップを提供する施設として「こみっと」を開設しました。ここでは以下のような活動が行われています。

  • 軽作業(木工細工、農作業など)の提供
  • 共同作業を通じた社会復帰支援
  • カウンセリング・相談対応

この施設を活用することで、仕事や人間関係に不安を抱える人々が少しずつ社会と関わる機会を持てるようになりました。

(2) 「こみっとバンク」の設立 – 地域と引きこもり経験者をつなぐ

町では「こみっとバンク」を設立し、地域の労働力不足と引きこもり問題を同時に解決する仕組みを構築しました。

主な活動内容

  • 高齢者の生活支援(掃除、買い物代行など)
  • 農作業の補助(収穫、選別など)
  • 地域イベントの運営サポート

この取り組みにより、引きこもり経験者が「地域に必要とされる存在」と実感し、社会復帰が進みました。

(3) 「共生型福祉」へのシフト

藤里町では、「支援する側」と「支援される側」を明確に分けず、共生する形での支援を推進しました。

  • 引きこもり経験者が講師となるワークショップの開催
  • 地域イベントでの積極的な関与を促進

このように、支援されるだけでなく、社会の一員として役割を持つことを重視した取り組みを行っています。

https://fujisato-shakyo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/03/book.jpg
      引用:藤里町社会福祉協議会

 


藤里町の成功要因を解説

藤里町は「引きこもりゼロの町」として全国的に注目されていますが、その成功の裏には 「住民同士のつながり」 や 「仕事を通じた社会復帰」 などの独自のアプローチがありました。ここでは、その成功要因について詳しく掘り下げます。

(1) 住民同士のつながりを活用

専門家だけに頼らず、地域全体で支援を実施
多くの自治体では、引きこもり支援を専門家や行政機関が担いますが、藤里町では 「支援は地域全体で行うべき」 という考え方が根付いています。

1. 地域住民のネットワークを活かした支援
藤里町は人口が少なく、住民同士の関係が密接です。そのため、行政だけでなく 「近所の人」「商店の店主」「農家の人」 など、町のあらゆる人が支援活動に関わるようになりました。
例えば、引きこもりがちだった人が、まずは地域のお年寄りの話し相手になるところから社会と関わり始めるケースもありました。

2. 地域での「見守り文化」を活かす
住民が日常生活の中で自然に 「最近あの子を見かけないな」 と気づき、家族や町の支援機関にそっと声をかけるような文化がありました。
これにより、本人が「自分は孤立している」と感じる前に、周囲がゆるやかに支援に入れる仕組みができました。

3.「顔の見える支援」で安心感を提供

行政や福祉機関の担当者だけでなく、町全体の人が関わることで、引きこもり当事者も 「知らない専門家」ではなく、「顔見知りの人」 からの声掛けで支援を受けやすくなりました。

▶︎ ポイント:
地域住民が支援の主体となることで、引きこもり当事者が「支援される側」ではなく、「地域の一員」として受け入れられやすくなった。

(2) 「仕事」を活用した社会復帰モデル

カウンセリングよりも「まず行動」
一般的な引きこもり支援では、カウンセリングを通じて心理的な問題を解決するアプローチが主流ですが、藤里町は 「まずは簡単な仕事をしてみる」 という方針を取りました。

1. 「こみっと」での軽作業から始める
引きこもり経験者が いきなりフルタイムの仕事をするのではなく、短時間の作業から始められる場所 として、「こみっと」という拠点を設立しました。
ここでは、農作業の手伝いや、町のイベント準備など、「すぐにできる作業」 から社会復帰をスタートできます。

2. 「こみっとバンク」で地域の仕事をマッチング

仕事を通じた社会参加の一環として、「こみっとバンク」という仕組みを導入。
町の中で 「手伝いが欲しい場所」(高齢者の生活支援、農作業、商店の補助など)をリスト化し、引きこもり経験者が自分にできそうな仕事を選んで関われるようにしました。

3. 仕事を通じた「社会的役割の確立」

「仕事をすることで、誰かの役に立っている」という感覚が自己肯定感につながります。
たとえ短時間の作業でも、町の人から「ありがとう」と言われることで、 「自分も必要とされている」 という実感を持てるようになりました。

▶︎ ポイント:
カウンセリングだけではなく、「まずは何か小さな仕事をする」というアプローチが、社会復帰のきっかけになった。

(3) 「支援ではなく役割を提供」

「助けられる人」ではなく「社会の一員」としての存在
藤里町の支援の根本的な考え方は、「支援を受ける人」としてではなく、「地域の一員」として役割を持ってもらうこと」 にあります。

1. 「役割を持つことで、社会とのつながりが生まれる」
一般的な支援では、「何かをしてあげる」というスタンスになりがちですが、藤里町では 「地域の一員として貢献できる場を作る」 ことに重きを置いています。
例えば、引きこもり経験者が農作業を手伝うと、それによって地元の農家が助かります。単に支援される側ではなく、「自分の行動が町の役に立っている」 という感覚を得られます。

2. 「小さな役割」から「大きな役割」へ

はじめは 「町のイベント準備」や「高齢者の話し相手」 などの小さな役割からスタートし、少しずつ地域活動や仕事に関わるようにしました。
例えば、「こみっと」で農作業の手伝いをした人が、後に地元の農家で働くようになるなど、段階的に社会参加の場を広げる仕組み ができていました。

3. 「社会とのつながりを作る場」の提供

地域のイベントや、町の清掃活動、福祉活動などに、引きこもり経験者が関われるような機会を増やしました。
「仕事ができないなら関われない」ではなく、「小さなことでもできることを見つける」 という考え方が根底にあります。

▶︎ ポイント:
「助けられる存在」ではなく、「地域の一員として貢献する立場」として支援を行うことで、社会復帰のハードルを下げた。


現在の藤里町と今後の展望

藤里町は、独自の支援策を展開し、全国でも珍しい「引きこもりゼロの町」として注目を集めています。しかし、引きこもり問題の解決がゴールではなく、町の将来を考えると 「持続可能な地域社会をどう作るか?」 が次の課題となります。

今後、藤里町が直面する主な課題として 「人口減少に伴う労働力確保」「藤里方式の全国展開」「幅広い世代への支援の拡充」 の3つがあります。これらの課題について詳しく掘り下げていきます。

(1) 人口減少が進む中で、継続的な労働力確保の必要性

藤里町では、引きこもり支援を通じて労働力の確保を進めてきましたが、そもそもの町の人口が減少している ため、長期的な視点での対策が求められています。

① 藤里町の人口減少の現状
2025年現在の人口は 約2,500人 であり、年々減少しています。
町の 高齢化率は50%以上 に達しており、若年層の流出が続いています。
働き手が減ることで、町の経済活動が縮小し、支援を持続するためのリソースも限られてきています。

② 労働力確保のための取り組み
藤里町では、以下のような対策を進めています。

引きこもり経験者の雇用創出
町内の事業所や農家と連携し、引きこもり経験者が 「無理なく働ける環境」 を整備。
短時間勤務や柔軟な働き方を取り入れることで、定着率を向上。

移住者の受け入れ
若年層の移住を促進するため、町が提供する 「仕事+住居支援」 のパッケージを強化。
「引きこもり経験者の移住支援プログラム」を設け、地方での新しい生活のスタートを支援。

テレワークの推進
町の特性を活かし、自然環境の中で働ける「ワーケーション」の誘致を進め、リモートワーカー向けの環境整備 を実施。

③ 今後の課題
高齢化が進む中で、若い世代をどれだけ町に定着させられるか が鍵。
支援を続けるための財源確保 が必要。国や県の補助金に頼るだけでなく、町独自の収益モデルを作る必要がある。

(2) 他の地域でも「藤里方式」を展開するための支援体制の整備

藤里町の成功は全国的に注目されていますが、このモデルを他の地域に展開するには、より体系化された仕組みが必要 になります。

① なぜ「藤里方式」は他の地域に広めるべきなのか?
都市部・地方のどちらでも活用できるモデル
「住民主体の支援」「仕事を通じた社会復帰」「役割を持たせる支援」など、地域の規模を問わず実践できる 仕組みになっている。

他の自治体でも引きこもりが深刻化
日本全国で 約146万人が引きこもり状態(2023年内閣府調査) であり、多くの自治体が支援策を模索している。
藤里町の経験は、同様の課題を抱える地域にとって大きなヒントになる。

② 「藤里方式」全国展開のための取り組み
他自治体との連携
既に秋田県内の他の自治体と連携を進めており、今後は全国の過疎地域とも協力 して展開を進める予定。

ノウハウのマニュアル化
「藤里方式」を取り入れたい自治体向けに、支援策のマニュアルや研修プログラムを作成 し、実践しやすい形で提供。

オンライン支援の導入
オンラインでのカウンセリングやサポート体制を整え、他の自治体でも簡単に導入できる仕組み を構築。

③ 今後の課題
「藤里方式」を広げるためには、他自治体の事情に合わせたカスタマイズ が必要。
支援を担う人材(コーディネーター)を各地で育成する仕組みが必要。

(3) より幅広い世代への支援の拡充

現在、藤里町の支援は 18歳~55歳 を対象としていますが、今後は 若年層・高齢層にも支援の枠を広げることが重要 になります。

① 若年層(10代)の支援
引きこもり予防としての早期介入

学校と連携し、不登校の子どもや若者向けの 「居場所支援」 を拡充。
小・中・高校生向けに 「藤里町式のキャリア教育」 を導入し、社会に出ることへの不安を軽減。
高校卒業後の選択肢を広げる

進学や就職以外の選択肢として、「地域での仕事+学びの場」を提供し、町に留まる道を増やす。

② 高齢者の支援
孤立を防ぐための「地域交流プログラム」

高齢者と引きこもり経験者が一緒に活動する場を増やし、世代を超えた交流を促進。
例:農業体験、手工芸活動、食事会の開催。
高齢者の「引きこもり予防」

実は高齢者の引きこもりも増加傾向(内閣府調査では60代以上の引きこもりも増加)。
「シニア版こみっと」を設立し、高齢者が社会とのつながりを維持できる場を作る。

③ 今後の課題
若年層向けの支援は、学校や家庭との連携が不可欠。
高齢者向けの支援は、福祉サービスとの連携 を強化する必要がある。

まとめ

人口減少と労働力確保の課題

若年層の移住・定着を促進し、「働きやすい環境」を作ることが重要。
リモートワークやワーケーションを活用し、町の魅力を活かした働き方を推進。

「藤里方式」の全国展開

引きこもり支援の成功モデルとして、他の自治体にも導入しやすい形で提供。
ノウハウのマニュアル化とオンライン支援を活用して全国展開を目指す。

幅広い世代への支援

若年層の引きこもり予防として、学校と連携した早期支援を強化。
高齢者の引きこもり問題にも取り組み、地域全体の活性化を図る。
藤里町は「引きこもりゼロの町」を達成しただけでなく、今後も 持続可能な地域社会のモデルケース として進化し続けることが期待されています。

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